横浜中華街

(第二日目昼食)



 翠華は“中華街停(駐)車場(AM9:00〜PM10:00、1500円/30分、昼間駐車料金)から徒歩で朝陽門近くの7階建てのビルだった。

翠華

   昼食メニュー(8品)
クラゲと合鴨の和え物前菜
コーンスープ
エビチリ
ジャンボシュウマイ
鶏の唐揚げのネギソースがけ
キャベツと豚肉の炒め
さっぱりレタスチャーハン
杏仁豆腐



山下公園

 大桟橋から山下埠頭の間、約1km。海沿いに続くわが国初の臨海都市公園は、関東大震災で被災した瓦礫を埋めたてて作られた。戦後は米軍に接収されたが返還後昭和36年に再整備が完了。
 中華街の朝陽門から歩いて本町通りを通り越してわずか5分弱ととっても近い、公園は横浜港沿いに広がる公園で昔っからのデートスポットで、海に面してベンチには何時もカップルや子供連れの家族が座っていて、休日にはイベントをやっているし、屋台や大道芸人のような人たちが芸を披露している。
 東側には氷川丸や遊覧船の乗船場などがあり、マリンタワーや元町にも近く、観光地的な雰囲気が色濃くなるが、また有名な「赤い靴はいてた女の子」像をはじめとして、園内にはさまざまな野外彫刻やモニュメントが点在しており、それらをそれぞれのエピソードとともにひとつひとつ見て歩くだけも楽しい。
 潮風に吹かれながらの散策やのんびりとベンチに腰を下ろしてのひとときがいい。「世界の広場」のさらに東側あたりには花壇があって、季節毎の花々が美しく、海を眺めて佇む時に感じる風情などは他の公園では決して味わうことのできない。


牌楼(パイロウ)

 横浜中華街には現在、10基の牌楼(門)が建っている。中国では古来より、皇帝が王城を築くとき、天文博士に天意をうかがわせ、城内に入ってくる邪を見張り、これを見破るために東南西北に限って通路を開いて、それぞれに門衛を置いたといいます。
 風水思想とは中国の古代科学によるもので、ひとことで言うなら、人間が幸せを確保しようと各方位の守護神として人々に根強く信仰された四神を据えました。
 その守護神は東=青竜神、南=朱雀神、西=白虎神、北=玄武神。いつの季節も24時間、それぞれの守護神が邪を見張ることによって、城内の繁栄と安全をはかったのです。ようするに、東方の霊気は青竜神が見張り、陽気が南方に入ると朱雀神に引き継いで、さらに西方に移ると白虎神が受け、やがて陰気が満ちる夜となると北方を玄武神が守るということなのです。

北東





朝陽門(チョウヨウモン)





山下公園側





青龍を守護神とする門で、以前は豪華絢爛のものが立っていたものだが、地下
鉄工事が予定されているため牌楼一式が立て替えられた時に仮設のものにな
ってしまった。中華街からこの門を潜れば、僅か先に山下公園と海がある。
写真中の高いビルは、山下公園前にあるホテルニューグランドの新館タワー
だ。この門が面して立つ本町通りはバス便が非常に多い。
 平成15年2月1日落成、中華街で最大の門 (高さ=13.5m、巾=12m)山
下公園に近い。


天長門

山下公園側

関帝廟通りの東側の端に立つ。突き当たりの通りは南門通り。この辺りは元々
それほど繁華な感じではなかったのだが、中華街には珍しく大きなビルが並び
始め、店が通りを埋め尽くしつつある。
南東

朱雀門(スザクモン)

元町側

 南門通りの端に立つ。朱雀門の向こう側は、中村川にかかる前田橋を挟んですぐに
元町だ。なお「すざく門」と読みたいところだが、各種案内などでは「すじゃく門」となっ
ている。柱の頂上に彫られているのは、もちろん朱雀である。








市場通り門(2基)







   中華街には7種9基の牌楼(パイロウ)…門が立つが、市場通りの両側に立つ門に
は個別の名前が付いていない。これは市場通りの北側、中華街大通りに面して立って
いる方。ちなみに、市場通りの中華街大通りの向こう側の延長上の僅かな部分は、北
京小路と道が名前を変える。
 市場通りの南側に立つ。中華街側からそのまま市場通りを進むと中村川に突き当た
り、ここには歩行専用の橋がかかっているが、沈没しそうな船が沢山不法係留されて
いて、それなりに面白い風景が見られる。その橋を渡ったところは元町の裏側、橋の
目の前の道へ入ればすぐに元町のメインストリートがある。中華街と元町を繋ぐ道とし
ては、長安道などよりこちらの方が余程人に知られているのではないか。
関帝廟には、5人の神がいる
 @玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)=「天」を具象化した万物の根源。宇宙の創造であり、絶対的な支配者。
 A関聖帝君(かんせいていくん)=実在の武将・関羽。理財にも精通していたため商売繁昌の神とも。
 B地母娘娘(ちぼにゃんにゃん)=中国の古代天地創造の神話に由来。人間守護の神として厚い信仰がある。
 C観音菩薩(かんのんぼさつ)=現世の不幸から人々を守り、幸福を与えてくれる守護神。
 D福徳正紳(ふくとくせいしん)=俗称土地公。中国の原始的な農耕社会から生まれた自然神の地神。
西


地久門


JR石川町駅


 関帝廟通りの西側の端、五叉路を貫く長安道に面して立つ。西側から良く陽
が当たるのだが、すぐ手前の交通標識が邪魔をするので、この脇には、横浜中
華学院が一角を占めているが、道沿いの1・2階部分は中華料理店になってい
るように見えるので、学校があ るとはなかなか気付かないかもしれない。
西




善隣門(ゼンリンモン)




JR石川町駅




 慣れない人にとって中華街の道がわかりにくいのは、長安道を境に東と西で
道が45度傾いているのが最大の理由だろう。その中華街の交通上の中心とな
る五叉路を長安道が貫き、それに面する形で中華街大通り上に立つのが善隣
門だ。長安道の一方は元町や石川町駅南口方面へ、もう一方は県庁や大桟橋
方面へ、中華街大通りは山下公園方面に伸びる。残る2本の通りは西門通りと
北門通りで、それぞれすぐに石川町駅北口と横浜公園に至る。
北西

玄武門(ゲンブモン)

JR石川町駅

 関内駅から中華街を訪れる人の多くが玄武門をくぐる。北門と言うがだいぶ西
寄りで、この門に陽が当たるのは夕方だけだ。写真には写っていないが、柱の
頂上には玄武(亀)が彫られている。
南西

延平門(エンペイモン)

JR石川町駅

 石川町駅北口のすぐ近く、西門通りの端に立つ。柱の頂上には白虎が彫られ
ている。中華街を訪れる人の過半はこの門を潜る。両側は共に公立の高校と
中学校だが、そのすぐ先からいわゆる中華街である。
西
西陽門
JR石川町駅
この牌樓は白虎神を祭った中華街延平門より更に西端に位置しており、西の
太陽に一番近い門。









歴史

 幕末、1859年に横浜の港が開かれた頃、ここ中華街のあたりは横浜新田と呼ばれていた。中華街が形成された当初は貿易、両替、建築、印刷などが主で今では想像もつかないお店が建ち並んでいた。現在の南門シルクロード、開港道、長安道はそのあぜ道の名残と言われている。華僑貿易商は北海道産の鮑、昆布などの海産物を中華料理の材料として香港に輸出したり、砂糖を台湾から輸入したり、横浜華僑の多くは広東の出身で、今も中華街に広東料理が多いのはこのためで、一方、香港・広東・上海の西洋商館で働いていた中国人は西洋の言葉が話せ、また日本とは漢字で筆談ができた。
 また横浜には関羽をまつる関帝廟や祖先の霊を慰める地蔵王廟(中国人墓地)が建てられ、清明節・関帝誕・春節などの四季折々の祭事が営まれてきました。関東大震災で街は崩壊し多数の犠牲者を出しました。また日本と中国の戦争の時代もあった。
 交通安全への祈りを込めて、青龍・朱雀・白虎・玄武の四神獣をモチーフにしています。夜には内蔵された発光ダイオードでライトアップもされ、幻想的なムードです。中華街大通りの新しいシンボルとしてモニュメントが建てられました。街の繁栄を願う風水思想と中国の伝統文化に基づいて、自然との調和を生かした現代アートです。
 昭和25年に勃発した朝鮮戦争による軍需景気で料理店が一気に増えたのです。アメリカ軍の物資の積み下ろし基地になっていた横浜港には、付近に軍のかまぼこハウスがずらっと並び、料理店やバー、キャバレーに大量の外貨が落とされた。
 海岸通りにあった各国の領事館は東京に移り、また商社、倉庫、運輸会社も新たな場所に転出し、その後にマリンタワー(1961年)、港の見える丘公園(1962年)、フランス山公園(1972年)、ホテルなどの観光施設ができ、首都高速道や国鉄根岸線などの開通と東京オリンピック開催が、中華街、元町に活気をもたらした。
 高度経済成長や横浜の発展、空前のグルメブームなどの追い風にのり、今や約200店、年間の来訪者は東京ディズニーランドの入場者数とほぼ同じ1600万人というビックタウンに発展した。

祭事

春節(1月〜2月)旧暦の元旦のため毎年日付が変わる。
 中国人のお正月にあたる春節では、爆竹が鳴り獅子が舞ってにぎやかに新年を祝う。

清明節(4月5日)
 中国人のお彼岸にあたる清明節は、親類縁者で中華義荘(中国人墓地)へ参り、供物を捧げて親族を供養する。昔、中華義荘は故郷中国へ棺を送還するまで仮埋葬する場所だったが、横浜に生活の根をはるにつれ、ここで永眠する人が増えた。
中華義荘内にある地蔵王廟は、横浜に現存する近代建築では最古の建物で、参拝者が死者の冥福を祈ることができるように建築さた。

関帝誕(7月〜8月)旧暦の6月24日のため毎年日付が変わります。
 三国志の英雄・関羽は簿記を発明したともいわれ商売繁盛の神様として祭られている。その生誕を祝うイベントが毎年盛大に行われる。

華僑(かきょう)

 中国・台湾・香港・マカオ以外の国家・地域に移住しながらも、中国の国籍を持つ漢民族を指す呼称である。移住第一世代を指す(華僑の「僑」は「僑居(仮住まい)」の意)。現地で生まれた現地国籍を持つ2世、3世以降は「華人」と呼ばれ、区別される。留学生は含まない。華僑の民族グループは次の通り。

華僑の民族グループ
福建 福建語を使う。
潮州 潮州語を使う。
客家
(ハッカ)
広東省北東部、福建省、江西省、広西チワン族自治区の丘陵地帯に居住する種族で、客家語を喋る。
北方の漢民族が数次にわたって南遷したものと見られる。太平天国のリーダー洪秀全も客家。
広東 広東語を使う。

同郷同胞の連帯組織
郷幇(きょうばん)

籍貫(しゃくかん)(=出身地)
に基づく地縁的集団。
会館(同業・同郷・同族者らが集会用に異郷に建てた施設)
義塚または義山(共同墓地)
学校、病院などを建て、相互扶助を行う
業幇(ぎょうばん)

同業者で作る職業的連帯集団。
仕事上の便宜を与え合う。
各地に中華街を形成し、言葉や住居、服装、食事、その他
の習慣を保持、また郷里の信仰を持ち込んで王廟(孔子廟
など)を建てる

華僑の信仰
天帝 玉皇上帝 観世音 馬祖 関帝 娘々(ニャンニャン)

中国語
ニーツァオ おはよう
ニーハオ こんにちわ
再見 ツァイチェン さようなら
謝々 シェイシェ ありがとう
対不起 トゥイプチー ごめんなさい
很好吃 ヘンハオチー とてもおいしです
吃飽了 チーパオラ おなかがいっぱいです