河口湖町

山梨県南都留郡富士河口湖町船津1700番地(町役場)
北緯
35度29分51秒
東経138度45分18秒
海抜868.25m


区分 2005年5月1日
人口       24,255
      11,903
      12,352
世帯数        8,068






うの島

種別 史跡
所在地 富士河口湖町大石2584
所有者 大石財産区
文化財の由来 富士五湖の唯一の島である「うの島」は、すでに石器時代より住民の生活が営まれていたようで、
土器・石器が多数出土し、考古学上からも貴重な遺跡となっている。また、風光明媚な絶景の地
でもある。
『勝山記』永正13年(1516)の記によると、当時この地域にも戦乱があり「地下(一般住民)ハ
皆鵜ノ島ニテ越年ス」とあり、また、天文23年(1554)には、第1回の川中島の戦いの後、信濃の
人質8人をここへ置き、翌24年舟津の浜で生害したことを記している。『甲斐国志』古蹟部も
このことを記録し、「想フニ其頃ハ遠流ノ人ヲ此島ニ遷セルコトナルヘシ」と結んでいる。
島には弁財天(通称「島の弁天」が祀られ、4月25日が例祭日である。『甲斐国志』神社部は、
例祭日には湖辺の人たちが小舟で参詣したことを記している。


河口湖のフジマリモ

種別 天然記念物
所在地 河口湖
所有者 国有地(管理者山梨県知事)
文化財の由来 変種である山中湖のフジマリモと同種であると認定された。湖底の湧水に沿って分布しており、
形態には球型、楕円型、扁平型等があるが、球型では最大直径
7センチ、4〜5センチのものが多
く、山中湖のもの(直径1〜3センチ)よりも大型である。
既に県の天然記念物に指定されている山中湖のフジマリモ(昭和
33619日指定)と並
んで、マリモの生息の南限を示すものとして、植物分布を考える上で貴重な学術資料である。
(山梨県文化財指定;平成
51129日付け「フジマリモ及び生息地」)


サルの群れ(吉田群)

 

数年前から町内の河口・浅川・船津天上山周辺に頻繁に出没している野生サルの群れは「吉田群」と名づけられ
ている70〜80頭からなる群れです。
この群れの行動範囲は、東は富士吉田市の浅間町(忠霊塔付近)から西は町の天上山から河口浅間神社付近に
及んでいます


富士山登山道(吉田口)

 富士吉田市上吉田の北口本宮富士浅間神社では、毎年71日に富士山山開きの祭りが行われ、信仰の山・富
士山に登る人は皆ここで身を清め、境内向かって右手にある吉田口登山道の鳥居を潜って山に入る。吉田口登山
道は富士山の美しさを裾野まで楽しめる、静かでのんびりとしたな登山口である。

 神社の鳥居を潜って富士山に向かって登って行くと、鬱蒼とした赤松林が広がっている。裾野の大地は溶岩流
で被われている為、栄養分が乏しく、大きな落葉樹は数少ないが、その木もれ日をぬうように低木の落葉樹たち
が葉を広げている。

 裾野とはいっても、この辺の標高はすでに
1000メートルを越えているので、紅葉するのも大分早い。麓の紅葉に
合せたのではすでに落葉している

 ちなみに吉田口登山道は、毎年
7月に開催される「富士登山レース」のコースになっていて、富士吉田市役所前
から富士山頂上までを往復する優勝者の平均タイムは、
4時間を切るという。

 「中の茶屋」と呼ばれる吉田口最初の茶屋がある。茶屋の前に建てられた古い石碑の数々は、富士信仰が盛ん
だった時代に「講社」と呼ばれる人たちが登山の記念として残したものだ。

 聞こえてくるのは小鳥のさえずりと、自分の足音だけ。車の騒音も全く耳に届かない。鮮やかな赤松の幹と緑の
針葉樹、紅葉した落葉樹たちの彩り


御坂峠甲府・国中と河口湖・群内)を結ぶ主要な街道

 現在の新御坂トンネルよりずっと山の上にある旧道へ続く道は「みさか路」と呼ばれ、峠付近は富士山の絶景
ポイントとして写真家にも愛されている。道はやや狭いが、きちんと舗装されているので車で行くのがお勧めだ。河
口湖方面から新御坂トンネルへ向かうと、トンネルのすぐ右脇に山へと入る道があり、これが峠
(旧みさかトンネル
)へ続くみさか路である。曲がりくねった道を登っていくと、次第に深くなる山々の景色が素晴らしく、秋には紅
葉や、真っ赤に色付いたななかまどが訪れた人の目を楽しませてくれる。
 
 太宰治が愛した、みさか路から望む富士山の眺望。その思いの深さは有名な句として碑にこう刻まれている。
「富士には月見草がよく似合う・・・」。紅葉と共に山々に自生する月見草。黄色い花弁を大きく広げ、少し恥ずか
しそうに咲く月見草はあまりにも有名。

 山々の彩りに縁取られた富士山は正に絶景! プロ・アマ問わず大勢の写真家がカメラを構え、多くの観光客も
訪れている。


ほうとう

 中国は唐の時代、汁にいれた麺を「不托」とよび、のちに「はくたく」とよばれるようになったと事物異名録は伝え
ます。

 日本では今を去る先年のむかし、倭妙抄に「はくたく」の名が見られます。有名な枕草子にも
"はうたうまいらん、
しばしとどまれ
"とあり、おそらくほうとうは、平安貴族の愛好した食物の一つだったのでしょう。

 その後、武田信玄公が、戦時食としてほうとうをつくらせた際、多くの野菜を入れたのが甲州風として受け継が
れ、現在の信玄ほうとうとなりました。

 富士山麓の味噌と山菜で風味を添えたほうとうは、今や富士五湖名物の筆頭でしょう。


河口湖ハーブフェスティバル (期間: 2005年6月17日〜7月10日

河口湖湖畔に初夏の訪れをつげる「2005河口湖ハーブフェスティバル」。   
湖畔に咲き誇るラベンダーが紫色に輝く絨毯を作り出し、辺り一面ラベン
ダーの香りが溢れる、花の世界を満喫できます。