第39回

『びわ狩りと房総鴨川』

平成18年6月25日(日)〜26日(月)


  佐藤守利
参加人員:69名(バス2台)
車両長 
1号車 佐藤守利
      2号車 金子  進

*前年参加人員:82名


  金子  進

旅行扱者:大師観光(株)
〒123−0841
東京都足立区西新井1−1−4
TEL 03−3890−2458 
FAX 03−3890−2459
添乗者:平塚和彦(営業課長)

1号車ドライバー・1号車ガイド

  十合一郎  野澤百理香
バス会社:東京ヤサカ観光バス株式会社        
本社 〒114
-0003 東京都北区豊島4-1-1    
TEL03-3919-5195
FAX03-3919-2196

2号車ドライバー・2号車ガイド

  伊藤隆治   鈴木麻美

鴨川グランドホテル 
〒296-0044 千葉県鴨川市広場820番地 
TEL:04-7092-2111(代) 
FAX:04-7092-3500
泉質は単純硫黄冷鉱泉

天気:1日目 曇り
        2日目 雨のち曇り







 第1回目の世話人会が5月27日(金)午後6時30分定刻あおぎり集会所2階で15名の出席の下で開催され、冒頭から現会長に協力しての旅行会の執行は出来ないと強硬な発言があり、紛糾し会長挨拶の中で自ら、そのことには十分配慮しているという言に発し、縷々言葉が続き、最後に今の時点で会長を辞任するといわれ、直ちに幹事長を中心に後任の会長選びを、辞任した会長と副会長3人で別室で話し合い、纏まらず幹事長の発言で年配順に受ける気が有るかどうかの確認をしたところ長井副会長が受けるといわれたので決まり、全員の前で発表し決を諮ると全員一致の拍手があり決定した。
 続いて大師観光担当の平塚さんから旅行全般に渡っての説明があり、行き帰りの昼食、宿泊するホテルの様子も聞き準備万端整い期待に十二分答えられるとの話だった。
 会計から68名の積立金が入金されている報告があった。後は一時金での申し込みがどのくらいあるかということだが、今年は踊りの会が同じ日にぶつかりかなり減るという悲観的な話が持ち上がり、頭を抱えてしまったが全員で努力して1人でも多くの参加者を見つけ出そうということで落着。昨年同様の内容でバスも宴会も行うと決めかけたが、一部からビンゴの賞金は品物の方がいいのではないかと発言があったが、品物では貰っても嵩張るだけで困るから今まで通りに落ち着いたが、ジャンケン大会は10年以上続けていたが評判も良くないので今回限りでやめて欲しいと意見が出て止める事に決まった。
 第2回目は6月15日(木)午後6時30分定刻あおぎり集会所2階で幹事長から部屋割りと配車、会計から参加人数、大師観光平塚営業課長から観光バスはヤサカ観光バスで今年5月に購入された新車で楽しみにしてと報告があり、コース説明と一部変更と、幹事長から景品寄贈は6月19日まで受け付けるが、かなりの数が届けられていると報告あり積込品、車中の催事、宴会の内容(ジャンケン大会は前回世話人会で中止という結論であったが今まで通りに戻す)、最後は全員で“すみだ音頭踊り”、会からの提供品など
細々と提案が有り満場一致で決まった。予定時間一杯賑やかに四方山話が弾み旅行当日を待つばかり。

 6月25日(日)7時10分前に集合場所に行くと、もうバスは2代揃って到着していたのでびっくりしたが添乗員の平塚さんも1号車の前にもう立っていてにこやかな笑顔で挨拶を交わし、車中にカバンを置き外に出て何時も通りに集まってくる参加者を迎えていた。午前7時世話人集合。しかし世話人よりも早くから集まってきていてバスが到着する頃には、人が停まる位置に並んで待っていた。世話人は決められたスケジュール通りにテキパキと準備をして用意万端整えて人員確認をしていたが、出発時間すれすれになって集合場所へあたふたと駆けつける恒例の風景も見られた。この旅行から急きょ会長が変わりなんとなく忙しかったが、1,2名を残してほぼ全員が集まっていたが、たった1人が集合時間ギリギリに見え、バスは八広中央通から明治通りの京島交差点を横切り押上通りを進み京成電鉄の押上本社前辺りに来ると今しきりと話題のデジタル電波塔の話が自然に出たりしているうちに錦糸町のインターから高速7号線から京葉道路の宮の木ジャンクション間では順調すぎるほどだったが、

京葉道路は、東京都江戸川区一之江を起点とし、千葉市緑区浜野町に至る全延長37kmの一般有料道路(両国橋東詰めから一之江間は一般道路)で、昭和35年に一之江から船橋間が開通して以来、京葉地区の産業・経済・文化の発展に大きく寄与してきました。
 沿道の急激な都市化により交通混雑が生じ、また、経年による老朽化も進行したことから、昭和63年度より改築工事を実施された。より快適に・より便利に・もっと安全に利用できる京葉道路をめざし、6つの対策を改築工事として進めてきた。
渋滞対策 故障車や維持作業による渋滞を解消するために、路肩拡幅。
老朽化対策 車両の大型化に対応するために、橋梁の補強。
環境対策 沿道への騒音を軽減するために、遮音壁を設置。
景観対策 快適な道路景観のために、緑化。
交通安全対策 安心して走行できるように、照明の充実、道路情報の提供や標識の更新。
耐震対策 地震に強い道路のために、橋脚の補強。

 合流道路を潜ると途端にストップしてしまい千葉の浜野インターまではノロノロ運転が続いたが、前もって予定されたスケジュールよりもそれでも早く第1回目の休憩所の市原サービスエリアへ10分も早く到着。25分間休憩して館山道の木更津南インターから一般道に出て国道16

号線を左折して、TEPCO新エネルギーパークを45分間見学すると、ジャスト11時に出発。国道16号線を来た道を戻り、県道に入りマザー牧場に向かいその内に尚一層狭い牧場専用道路を只管ら登ると11時45分に到着。
 到着して園内に入るとマイクを持ったおじさんの説明によると東京ドームの60倍の広さといわれたが何処まで続いているのかは定かではなかったが、確かに丘陵が続きゴルフ場も見え、広さは手に取るほど感じた。説明が終わると建物まで案内されバーベキュー建物の中は人いきれとジンギスカンの臭うが充満して他の匂いは何にも感じなかった。
 

席に着くとテ−ブルには7人が座り、用意された羊の肉と野菜が置いてあり、早速脂身を乗せて野菜肉を被せるように載せ、忽ちの内に食べ頃になり各々は箸を付け出し、肉も脂身の多いものに食べ慣れている成果箸は進まなかったが、1人豪快に食べる奴がいて一皿は短時間のうちになくなり、何処からか調達してきたが手付かずのだった。

早々に席を立ち展望台に登ってみたり遊戯施設を見たりと精力的に歩き回り最後にバンジージャンプの前に来ていた。1人2人と長い階段を登って行くのは何故か女性だったが、見ていると何のためらいもなく、抱き枕のような太い物に抱きついて声もなく静かに2回3回とバウンドしたが停止して終わりだった。
 待機していたバスに戻ると午後1時30分に出発し、県道465号線から房総スカイラインを走り、更に鴨川有料道路を走るとあっという間に鴨川市の国道128号線で海もチラチラ見え出し今日泊まるホテルの前を通過して誕生寺へとバスは走り続け2時45分にお寺に到着。山門に仁王門、誕生堂、鐘楼堂、忠霊塔、日蓮大聖人ご幼像、水盤舎、祖師堂と境内を進み、右奥の階段状の太鼓橋を渡ると山門がありその奥では鉄筋コンクリートの布教殿堂の建設が進んでいた。祖師堂の裏側に行くと“当山復興・50万人講事業完成記念”像、本師殿宝塔、龍王堂、八大龍王碑、浄行堂と一回りして山門を出て駐車場へ行き、なんとなく雨が落ちてきたような感じがしてきたが、バスが発車して間もなくワイパーが時たま動き出したが、ホテルに着くと内庭で記念写真を号車に分かれて撮り、それぞれの部屋にエレベーターで行き2時間余り寛ぎ宴会は6時きっかりに始まり第1部、第二部の演芸・ジャンケン大会・抽選会・すみだ音頭踊りを2回が終わると大締めで各人が部屋に帰り、第1日目の宴会は終了した。

献立









































































 砂浜に寄せては返す白波を眼下に楽しめる鴨川グランドホテルは、各部屋に大きな窓を設けてあり、陽光に映える昼の海の青さや、 ライトアップした夜の海の幻想的な美しさを眺めながら仲間と酒を飲むのも乙なもの。二次会代わりに12時近くまで杯を交わして話に耽り、来年の40周年に希望抱き、夢は広がる一方だったが取らぬ狸の皮算用にならねばいいが。

 6月26日(月)曇り一時雨、朝6時30分に目が覚め露天風呂に、湯朝飯は久しぶりの配膳スタイルで済ませ記念写真やお土産を買ってバスの中へ持ち込みゆっくりする間もなく9時ジャスト雨降るホテルを信用金庫の支店長と区会議員とホテルの従業員に見送られて、128号線を館山まで時間通りに順調に走り、127号線に入り枇杷狩りの行われる山道がすれ違いもままならない細い道を走ったが、畑が雨でぬかるんでいるということで農家の軒先で食べ放題に切り替えられたが、いざ食べてみると案外食べられないものだということが分かった。その理由の一つが食パン1枚を6っに切った小さな上にビワジャムを塗ったのを食べた成果味がまるで甘くなくて食欲が進まなかった。

 再び127号線に出て館山道の富浦インターから入線して富津金谷インターを出て金谷港のシーフードレストラン&マーケットプレイスでお土産休憩が11時25分から11時50分まであって、その足でフェリーに乗り込むと同時に出航した。

階段を上がり2階、3階に上がりそしてデッキに出ると雨交じりの強風も吹いていたが、バスの集合時間までいて景色を眺めながら1人でいたが1人2人と上がってきた。時間的な成果船の航行も少なく時々大きな船型が湾内の内側で見られる程度ではあったが、すれ違う僚船でもと思っていたが反対がに立っていたので見過ごしてしまった。そんな見通しの悪い状況でも時々水面に汚物が浮かんでいたが、最後まで波は静かで久里浜の港に入港した。バスは一路横浜横須賀道を目指し佐原インターから入線し超順調に走行していたが、睡魔に負けてしまいウツラウツラと寝込み、目が覚めると高速湾岸線を走っていて左に三渓園が見えていた。

しばらく本牧ふ頭の三菱重工の工場や横浜火力発電所などのプラント装置が建ち並び、煙突からは煙や水蒸気が勢いよく舞い上がっていた。
 みなとみらいのインターまでは半地かのように囲われていて周りの景色は見えずインターを出て右折して来た方向に進み、中華街の専用の駐車場にはいり、朝陽門の手前の“翠華”で遅い昼食をした。昼食メニューは

1.クラゲと合鴨の和え物前菜
2.コーンスープ
3.エビチリ
4.ジャンボシュウマイ
5.鶏の唐揚げのネギソースがけ
6.キャベツと豚肉の炒め
7.さっぱりレタスチャーハン
8.杏仁豆腐

 食事の後店の入口で中華街のマップを貰い3人で中華街散策に出かけたが、まず南門シルクロードをブラブラしながら月曜日でそれほどでもない人通りを横浜大世界前まで来た。そして天長門を右に見て、先にも派手な門が見えたので行ってみると朱雀門と書かれていたが高速湾岸線で、先程この上を“みなとみらい”のインターで出る前に通り抜けた下でもあった。
 ここからは高速沿いに歩いたが中華街から離れしまったように感じたので右に曲がった。すると“市場通り門”の南側の来ていたので、そのまま行くと同じ作りのもう一つの北側の門であった。通りの名前は中華街大通りだった。まっ直ぐ行くと最初に下りた中華街パーキングが目の前にある。
 中華街通りを西の方へ向かうと左に“香港路”があって更に進むと中山路との交差点で左に折れ曲がり関帝廟通りに戻り角の関帝廟の門の写真は道が狭かったので前の店の前まで下がったがトウトウ全景は収められなかった。門をくぐても建物は荘厳で独特の色使いで日本の神社にも似た朱色が印象的であった。建物の中も色々な装飾がされ、中国語の信者がが多く参拝していたが、中でも若い女性が赤いマットに膝跪き両手を合わせてひたすらお祈りしていた姿が今でも浮かび上がる。門外に出て更に南に向かうと更に同じような門が見えていた。近づき見上げると“地久門”であった。この辺りには旅行会の仲間集まって甘栗の窯の前で盛んに定員と冗談を飛ばして丁々発止の真っ盛りだったが、1枚でも多くの写真を写す目的があったので、素通りし1人になって北に向かい“善隣門”の前を通って左に加賀町警察署を見ながら“長安道”を行くと加賀町警察署北交差点になり、左に行くと中華街いから出てしまったように感じたので慌てて交差点まで戻り、そのまま東にとると“開港道”だが、ドンドン行くと左は“中華パーキングのビルが見えたが、後で気が付いたのだが戻らないで、左に曲がれば“玄武門”中華街の西門“延平門”などにも行けたのだが勘違いで後の祭りだった。
 パーキングの前を通り直ぐ角を曲がり、大通りに出て右に行くと山下町の信号を渡り“山下公園”へやって来た。正に霧に咽ぶ横浜港が大きく開けて、“みなとみらい”の建物の全景が霞んで見え特にランドタワーは上の方が霧だか雲に覆われて見えなかった。後ろに振り返ると氷川丸が霧で薄暗い中ではやたらと黒くて汚く見えたが、手の届くほど近くへ来るとそれほどでもなかったが、以前夜景の写真を見たときにはこの目で夜景を見てみたいと思っていたがそんな時間にはまだまだ早すぎた。右奥にはマリンタワーがビルの上にニョキリと顔を出して、シンボルタワーは今日も賑わいの人出でもあった。

 実はこの公園への第一目標は“赤い靴像”を見ることだった。幾つも知らない童謡の中で何となく口ずさむのが赤い靴であった。ひょんな時に山下公園に像があると聞き機会があったら見ておこうと思っていたのだが、近いからその内と思っていたが中々実現しなかったが、今日こそはと公園に来たのだが思い違いで“氷川丸”の傍だと思い込みマリンタワーの足元まで行ったが見つからず、傍にあった付近の街路図を見ると大桟橋に近い方だったので自由時間も迫っていたので小走りで向かったが直ぐ息切れしてしまい急ぎ足で現場に着くと、歌の通りに海に向かって腰掛けたかわいい女の子の像が人気もなく横に歌詞も記されていたので一番を口ずさみ、駐車場に向かい“朝陽門”を潜って駐車場に行くと制限時間一杯で、私の帰りを待っているかのように椅子に座ると橋は4時丁度に出発した。
 駐車場を出ると山下公園の脇マリンタワーの脇と先程歩いていた通りを高速湾岸線の新山下インターの方へと走っていた。インターを入ると“ベイブリッジ”“つばさ橋”と渡り、交通量の少ない高速道は、間もなく大きな翼が立ち並ぶ羽田空港も通り過ぎ、台場の工事中の現場も見過ごすほどのスピードで通り過ぎ、9号線に入り順調すぎるほどのスピードで予定通りに5時には着くだろうと思い込み始めた頃1台の首都高速会社の黄色い車が車間を縫うように走って行くと、あっという間に渋滞してしまった。箱崎は直ぐしこだったがインターは見えているのに中々進まず20分ぐらい同じ景色を見せされてヤット抜け出すと、本来の高速道に戻り向島インターから一般道に入り30分遅れで地元の出発地に到着。

温泉情報

■温泉・循環 (加水・加温)=加水は足りない湯を補う場合や、高温の湯を適温にする場合の処置。加温は循環して冷めた
         湯を適温にする場合や源泉が低温のため加温する場合があります。

大浴場、露天風呂
硫黄泉 塩化物泉 含アルミニウム泉 芒硝泉 苦味泉 緑ばん泉 炭酸鉄泉 重曹泉 放射能泉

単純硫黄鉱泉
単純温泉 塩化物泉 炭酸水素塩泉 硫酸塩泉 二酸化炭素泉 含鉄泉 硫黄泉 酸性泉 含アルミ ニウム泉 放射能泉

神経痛、筋肉痛、うちみ、冷え性
硫黄泉 慢性気管支炎、動脈硬化、慢性皮膚病など
塩化物泉 神経痛、腰痛、冷え性など
含アルミニウム泉 慢性の皮膚疾患、粘膜の炎症、水虫、じんましんなど
芒硝泉 高血圧症、外傷、動脈硬化など
石膏泉 切り傷、火傷、打ち身、痔、高血圧症、動脈硬化など
苦味泉 動脈硬化など
緑ばん泉 貧血症、慢性湿疹など
炭酸鉄泉 貧血症、慢性湿疹など
酸性泉 湿疹など
重曹泉 皮膚病、切り傷など
放射能泉 神経痛、リウマチ、更年期障害など


 ◆温泉ってどんなもの?
 温泉の大部分は、雨や雪が地中にしみ込んで何年か後に温度や成分などを得て、地上に出てきた「循環水」です。この温泉生成のメカニズムによって次のように温泉は分類できます。
 温泉は「火山性の温泉」と「非火山性の温泉」に大別でき、非火山性の温泉は「深層地下水型」と「化石海水型」などに分類することができます。
 「温泉」と呼ばれるものは、国による「温泉法」で定められている。
 1.温泉源で採取されるときの温度が25度以上あること。
 2.含有物質表で規定する成分のうち、どれか一つが規定量以上含まれること。
 上記1、2のどちらかに当てはまれば、温泉と呼べるわけです。 25℃以上の地下水は「温泉」と考えられる訳ですし、25℃に満たなくても以下含有物質表で特定の物質が水の中に溶けていれば「温泉」と呼ぶことが出来る。源泉での温度によって、冷鉱泉 25度未満、 低温泉 25度〜34度未満、温泉34度〜42度未満、 高温泉42度以上に分けられる。

温泉大浴場 『なぎさの湯』

  単純硫黄冷鉱泉(弱アルカリ性)の鴨川温泉「なぎさの湯」と多種多様の水溶性ミネラル成分を豊富に含む
  光明石温泉
の2種類の温泉をお楽しみいただけます。

神経痛・筋肉痛・うちみ・冷え性・疲労回復などに効果的です。

温泉効果

 温泉の効果は入った直後だけだと思っていませんか?上手に入ると効果が長持ちするんです。
  @まずはかけ湯をします。足元から徐々にかけて身体に温度を慣らす。
  A半身浴で心臓を慣らし。急に全身、ざぶーんと入ってしまうのは心臓に圧力が急にかかるのでとても危険。
  B身体が温まったのは毛穴が開いた証拠。ここで体を洗って汚れを落とす。
  Cもう一度、ゆっくり湯船へ。でも長湯は禁物。
  D入浴後はシャワーの水で洗い流さないで
 せっかく温泉成分がじわりじわりと身体にしみてきているのにもったいない!アミノ酸の膜が 流れて効果が薄れてしまい
 ますよ。入浴後3時間かけて温泉成分が身体にしみこみ1ヶ月は温泉効果がある。

温泉の禁忌…?

 どんなにすばらしい温泉でも、すべての人に必ず良い効果があると言う訳ではない。場合によっては、温泉に入ったことで逆効果となり症状を悪化させてしまう。
 発熱時や急性疾患、病気の進行期、妊娠初期と後期、又は病気の種類・症状等によっては、温泉入浴に適さないという場合がある。
また、高血圧症・動脈硬化症・心臓病・呼吸器病・高齢者の場合は、42度以上の高温浴を避ける。さらに、泉質により作用が異なるので、自分の症状にあった温泉を選ばないと逆効果となるおそれさいある。

こんな病状で飲んではいけない温泉

腎臓病、高血圧、その他むくみのあるとき=塩化物泉(食塩泉)、炭酸水素塩泉(重曹泉)、ぼう硝泉を多量に飲用しない。
下痢をしているとき=単純二酸化炭素泉(単純炭素泉)、硫黄泉、硫化水素泉は飲まない。
高齢者、乾燥肌の人、皮膚粘膜の過敏な人(特に光線過敏症)=硫黄泉は飲まない。
甲状腺機能高進症のとき=ヨウ素を含む温泉は飲まない。

鴨川市

人 口:36,474人(2005)  房総半島の南東部、太平洋側に位置し、温
暖な気候と美しい海岸線などの豊かな自然環
境に恵まれた、また、日蓮聖人の生誕地として
歴史に恵まれたまち。
 鴨川の春は早く1月から花摘みやイチゴ狩り
、夏は海水浴、シーワールドやサーフィンなど
マリンスポーツは一年を通して楽しめる。
面 積:191.30ku
最高地:408.2m(愛宕山)
最低地:0m(海抜)

 鴨川市は、平成17年2月11日に旧鴨川市と天津小湊町の合併により誕生した。房総半島の南東部、太平洋側に位置し、温暖な気候と美しい海岸線など自然環境に恵まれているほか、日蓮聖人ゆかりの神社・仏閣など豊かな歴史を誇るまちでもある。
 南房総鴨川は、首都圏から特急で約2時間と至近距離でありながら、太平洋に面することで、多くの自然が残ると同時に、黒潮の影響を受け、温暖な気候が特徴です。
 特に、その温暖な気候を利用して花の栽培が盛んで、毎年1月中旬から花の出荷が始まり、花摘みやイチゴ狩りの観光農園にも多くの人が訪れます。
 千葉県南部鴨川市の釜沼地区には標高差60mの斜面に「大山千枚田」と呼ばれる約400枚の棚田が、幾世代もの長い時間をかけて形成された、自然と人間の営みが巧みに調和したえもいわぬ造形美を形成している。
 しかし、近年、農業環境が激変し、生産効率の追求を優先する風潮が強まる中で、耕作放棄地の増加等の危機にさらされてきた。
 嶺岡山系東端の景勝地(海抜約110m)にあり,市街地や太平洋,清澄山系が一望できる。展望台頂上には郷土出身の彫刻家・長谷川昂氏作のシンボル女神像「暁風」がある。
 日蓮聖人生誕の地として名を知られる。その聖人生誕にちなむ誕生寺は、1706年建立の当山最古の建造物で、千葉県有形文化財指定の仁王門に、境内中央、総ケヤキ造りの祖師堂が、大香炉からは、多くの参拝客による線香の香りが絶え間なく広がり、誕生寺は世界一の鬼瓦、珍しいタイのお墓、江戸城改築用の巨大なケヤキの柱54本の使用など。その沿岸の奇勝大弁天・小弁天周辺は、広大な磯場であり、ヒジキなどの海藻類・魚貝類の宝庫で、力強いが爽快な風が頬をなでる青海原が開け、国指定特別天然記念物に指定され、深海性のマダイが浅瀬に群がる例は珍しく、鯛が群れ集う鯛の浦がある。

TEPCO(新エネルギーパーク)
マザー牧場
小湊・
誕生寺
富浦(枇杷倶楽部)
横浜中華街
東京湾